銘柄・業界分析

ROICとWACCを決算資料で読む

ROICとWACCの違い、NOPATと投下資本の確認方法、会社独自の定義、スプレッドの読み方を架空例で整理します。両者を同じ土俵で比べる条件も確認できます。

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ROICとWACCを読むと、事業へ投じた資本がどれだけ利益を生んだか、その収益性が資金調達コストを上回ったかを確認できます。ただし、ROICは法律や会計基準で一つの算式に固定された決算項目ではありません。この記事では、会社の開示定義を優先し、公表値と自分の推計値を混ぜずに読む手順を整理します。

本記事は一般的な情報提供を目的とした記事であり、特定の銘柄や取引を勧める投資助言ではありません。ROICやWACCだけで企業価値や株価の方向を判断することはできません。決算資料全体の入口は決算短信の読み方入門、会社の説明を追う順番は決算説明資料の読み方も参照してください。

ROICは事業に使った資本の収益性を見る

ROICはReturn on Invested Capitalの略で、日本語では投下資本利益率などと呼ばれます。基本的な考え方は、事業活動へ投じた資本を分母、その資本から生まれた税引後の事業利益を分子に置くことです。

基本形は次のとおりです。

ROIC = NOPAT ÷ 投下資本 × 100

経済産業省が2026年6月に意見募集した「成長投資ガイダンス(案)」は、ROICの基本概念をNOPAT(税引後営業利益)÷投下資本として示しています。同案は、ROICを高めること自体を最終目的にするのではなく、ROICとWACCの差を通じて経済的利益を捉え、成長投資や資本配分へつなげる考え方を示しています。確認時点では案の段階であり、正式版では記載が変わる可能性があります。

ROICが役立つのは、利益の「額」だけでなく、その利益を得るためにどれだけの資本を使ったかを同時に見るからです。営業利益が同じ100億円でも、事業に必要な在庫、売掛金、設備などが500億円の会社と2,000億円の会社では、資本の使い方が異なります。ROICはこの違いを率にして整理する道具です。

一方、ROEは親会社の株主に帰属する利益を自己資本で割るのが一般的で、主に株主資本に対する収益性を見ます。ROICは有利子負債を含む事業資本と、それに対応する事業利益を見る点が異なります。両者の使い分けはROEとROICの違いで確認できます。

ROICを見るときは、次の三つを最初に書き留めます。

  1. 分子の利益は何か。
  2. 分母の投下資本は何か。
  3. 期末残高か、期首・期末などの平均残高か。

この三つが違うROICは、同じ名前でも単純比較できません。会社がROICを公表しているなら、まず統合報告書、中期経営計画、決算説明資料の注記で算式を探します。自分の慣れた式へ置き換えるのは、その後です。

確認項目代表的な置き方数値が変わる主な理由記録する内容
ROICの分子NOPAT、当期純利益、調整後利益税率、一時損益、会社独自調整利益の名称と調整項目
投下資本有利子負債+株主資本、事業資産-無利息負債現金、のれん、リース、非支配持分の扱い算式、対象範囲、平均方法
WACC株主資本コストと税引後負債コストの加重平均市場前提、資本構成、基準日各前提、単一値かレンジか
スプレッドROIC-WACC税引前後、期間、全社・事業別の不一致比較条件と差の単位(ポイント)

NOPATは税引後の事業利益としてそろえる

NOPATはNet Operating Profit After Taxの略で、税引後営業利益と訳されます。ROICの基本形では、事業活動が生んだ利益を、資金調達方法の違いから切り離して見るために使います。

個人投資家が決算資料から概算するときは、次の簡便式が出発点になります。

推計NOPAT = 営業利益 ×(1 − 仮定税率)

たとえば、すべて架空の数値として、ある会社の営業利益が120億円、分析上の仮定税率を30%と置くなら、推計NOPATは84億円です。

120億円 ×(1 − 0.30)= 84億円

ここで得た84億円は会社公表値ではなく、分析者の仮定を含む推計値です。「NOPAT 84億円」とだけ書かず、「営業利益120億円と仮定税率30%から算出した推計NOPAT 84億円」と記録します。仮定税率30%は説明のための架空条件であり、日本企業へ一律に適用できる税率ではありません。

実際の税負担は、税引前利益、法人税等、税効果、一時差異、繰越欠損金、海外子会社の税率などの影響を受けます。決算書の法人税等を営業利益へそのまま対応させられない場合もあります。また、営業利益に含まれない事業関連損益を調整する会社や、NOPATではなく親会社株主に帰属する当期純利益を分子に使う会社もあります。

たとえばオムロンの2023年度第2四半期決算説明会資料では、ROICの分子を「当社株主に帰属する当期純利益」、分母を「借入金+株主資本」と定義しています。これは、NOPATを使う基本形と異なる公式開示例です。どちらが名称として正しいかを先に決めるのではなく、その会社が何を経営管理に使い、どの式で継続開示しているかを読みます。

決算資料から分子を確認する順番は次のとおりです。

  1. ROICの脚注や用語定義に、分子の名称があるか確認する。
  2. NOPATを公表している場合は、営業利益からの調整内容を探す。
  3. 公表がなければ、営業利益と税率の置き方を明記して推計する。
  4. IFRS、日本基準、米国基準の表示差や会社独自の調整項目を確認する。
  5. 調整根拠が分からなければ、無理に会社公表ROICを再現しない。

事業利益の持続性を見るには、一時的な売却益、減損、構造改革費用などの扱いも確認します。ただし、都合よく特殊要因を除外すると、実態より高いROICを作れてしまいます。会社が示す調整後指標を使う場合も、調整前の会計数値と並べ、除外項目を記録しておく必要があります。

投下資本は分母の範囲と時点を確認する

投下資本にも複数の組み立て方があります。代表的な考え方は、資金の調達側から組む方法と、事業で使う資産側から組む方法です。

調達側からの簡便な形は次のとおりです。

投下資本 = 有利子負債 + 株主資本

事業資産側からは、次のような形が考えられます。

投下資本 = 運転資本 + 事業用固定資産 + その他の事業用資産

または、総資産から買掛金などの無利息負債と余剰現金などの非事業資産を控除して組み立てる方法もあります。理論上は対応関係をそろえられても、開示項目の粒度、現金の必要額、リース負債、のれん、政策保有株式、退職給付、非支配持分などの扱いで数値は変わります。

投下資本の時点も重要です。利益は一定期間のフロー、貸借対照表は一時点の残高です。期末直前に大型買収や設備投資があれば、期末残高だけを分母にしたROICは、その資本が利益へ寄与した期間とずれることがあります。そのため、期首と期末の平均、四半期末の平均などを使う会社があります。前述のオムロン資料は、前年度末実績と当年度の各四半期の実績または見通しを平均して投下資本を算出すると説明しています。

次は、すべて架空の数値を使った概算例です。

  • 期首の有利子負債:300億円
  • 期首の株主資本:700億円
  • 期末の有利子負債:360億円
  • 期末の株主資本:740億円
  • 推計NOPAT:84億円

期首投下資本は1,000億円、期末投下資本は1,100億円です。期首・期末の単純平均を使うと、平均投下資本は1,050億円になります。

平均投下資本 =(1,000億円 + 1,100億円)÷ 2 = 1,050億円

推計ROIC = 84億円 ÷ 1,050億円 × 100 = 8.0%

この8.0%は、営業利益、仮定税率、投下資本の範囲、平均方法を置いた推計です。会社が別の定義を公表している場合、その公表値と混ぜず、「会社公表ROIC」と「自分の共通式による推計ROIC」を別の列に置きます。

複数社を比較する場合は、各社公表値をそのまま横並びにする方法と、自分で同じ式へ組み替える方法を分けます。前者は各社の経営管理思想を読むのに向き、後者は一定の基準で比較するのに向きます。ただし、後者でも事業構成や会計基準の差は残ります。

WACCは資金提供者が求める収益率の推計

WACCはWeighted Average Cost of Capitalの略で、加重平均資本コストと呼ばれます。事業資金を提供する株主と債権者が、それぞれ負うリスクに応じて求める収益率を、資本構成に応じて加重平均する考え方です。

一般形は次のように表せます。

WACC = 株主資本コスト × 株主資本の構成比 + 負債コスト ×(1 − 税率)× 有利子負債の構成比

負債の利息には税務上の効果が生じ得るため、一般形では負債コストを税引後にします。ただし、実効税率、対象負債、簿価と時価、現預金との相殺などの置き方は分析目的によって変わります。

東京証券取引所の上場会社向けFAQは、資本コストを自社の事業リスクなどを反映した資金調達コストと説明し、適用場面に応じて株主資本コストやWACCが用いられるとしています。また、計算式だけでなく、算出の背景にある考え方について企業と投資家が対話することを期待しています。

WACCの難しさは、決算書の数値だけでは完結しない点です。負債コストは借入金利や社債利率などから手掛かりを得られますが、株主資本コストは市場データと前提を使う推計です。CAPM(資本資産価格モデル)を使う場合でも、無リスク金利、ベータ、市場リスクプレミアム、参照期間をどう置くかで結果が変わります。

さらに、資本構成を簿価で置くか時価で置くか、現状の構成比か目標構成比か、全社WACCか事業別WACCかによっても結果は変わります。WACCを小数点以下まで一つの正解値として扱うのではなく、前提と基準日を伴う推計レンジとして読む方が実務的です。

東証はプライム市場とスタンダード市場の全上場会社へ、自社の資本コストと資本収益性を把握し、取締役会で分析・評価したうえで改善計画を策定・開示し、投資者との対話を通じて更新する一連の対応を求めています。ただし、この要請は全社へ同じWACC算式や同じ目標値を指定するものではありません。

さらに東証は2026年4月、従来の要請を更新し、経営資源の適切な配分を中心に投資家の期待と取組みのポイントを整理しました。したがって、ROICやWACCの開示は数値を置くだけでなく、成長投資や事業ポートフォリオの判断へどう結び付けたかまで読む必要があります。

決算資料でWACCを読むときは、少なくとも次を確認します。

  • 基準日はいつか。
  • 株主資本コストと負債コストの前提は何か。
  • 資本構成は簿価か時価か、現状か目標か。
  • 全社共通か、事業別か。
  • 単一値か、レンジか。
  • 税引前ROICと税引後WACCを比べていないか。

会社がWACCを開示していない場合、外部からの精密な再現には限界があります。入力前提を確認できないまま数値を置くより、「WACC非開示のためスプレッドは算出保留」と記録する方が、分析の再現性を保てます。

ROICとWACCのスプレッドは同じ土俵で比べる

ROICとWACCの差は、ROIC-WACCスプレッドと呼ばれます。

ROIC-WACCスプレッド = ROIC − WACC

前の架空例で推計ROICが8.0%、同じ基準日と対象範囲で推計したWACCが6.0%なら、スプレッドはプラス2.0ポイントです。

8.0% − 6.0% = 2.0ポイント

これは、置いた前提の範囲内で、投下資本の収益性が資本コストを上回ったことを示します。ただし、「2.0%増」ではなく、二つの率の差なので「2.0ポイント」と書きます。また、この架空例から実在企業の企業価値や将来の株価を判断することはできません。

経済産業省の「成長投資ガイダンス(案)」は、ROIC-WACCスプレッドを通じた経済的利益の拡大を扱う一方、WACCやスプレッドの算定には前提条件の違いによる幅が生じ得るため、目的、前提、レンジを付して説明することが望ましいとしています。したがって、スプレッドの符号だけで会社の良否を決める読み方は避けます。

スプレッドを見るときは、次の順で考えます。

  1. ROICとWACCが税引後同士か確認する。
  2. 全社値と事業別値を混ぜていないか確認する。
  3. 同じ年度、基準日、通貨、連結範囲か確認する。
  4. 単年だけでなく複数年の推移を見る。
  5. ROIC上昇が利益改善によるのか、投資抑制や資産売却によるのか分ける。
  6. 研究開発、人材、ブランドなど、会計上費用処理される無形投資も併せて読む。

ROICは、分解するとおおむね「売上高利益率」と「投下資本回転率」の組み合わせとして考えられます。値上げ、商品構成、原価低減で利益率が改善したのか、在庫圧縮、売掛金回収、設備稼働率の改善で資本回転が良くなったのかを追うと、経営施策とのつながりが見えます。

ただし、投資直後は分母の投下資本が先に増え、利益への寄与が後から現れるため、ROICが一時的に低下することがあります。短期ROICだけを高めようとして必要な設備投資や研究開発を抑えれば、中長期の成長余地を損なう可能性もあります。ROIC、成長率、キャッシュフロー、投資内容を一緒に読む必要があります。利益と現金のずれは業績予想と修正の読み方も手掛かりになります。

会社定義を優先し、計算できないときは保留する

実際の決算資料では、最初から自分で計算するより、会社の開示を次の順で集めると混乱を減らせます。

1. 算式と対象範囲を写す

統合報告書、中期経営計画、決算説明資料、有価証券報告書を確認し、ROICの分子、分母、平均方法、調整項目をそのまま記録します。事業別ROICなら、本社費用や共通資産をどう配賦しているかも確認します。

2. 公表値と推計値を分ける

会社が公表したROICとWACCには「公表」と付け、自分で計算した値には「推計」と付けます。推計欄には、対象年度、単位、税率、投下資本の式、平均方法、基準日、参照資料URLを残します。

3. 数式の対応を点検する

NOPATを分子にしたROICと税引後WACCを比べているか、当期純利益型のROICを一般的なNOPAT型と同じものとして扱っていないかを確認します。会社定義と共通比較式が異なる場合は、二つの値を併記します。

4. 前年差を要因へ分ける

ROICが上がったら、NOPATの増加、投下資本の減少、両方のどれかを確認します。さらに、利益率、売上高、在庫、売掛金、買掛金、設備、のれんなどへ分けます。ROICの改善という結果だけでなく、何が動いたかを読みます。

5. 計算不能の理由を残す

次のような場合は、無理に一つの値を作らず保留します。

  • 会社独自の調整項目の内訳が開示されていない。
  • 金融事業と非金融事業が混在し、資本の意味が大きく異なる。
  • 大型買収や事業売却で期中平均の推計が粗くなる。
  • 赤字や一時的な税効果でNOPATの解釈が難しい。
  • WACCの前提や対象範囲が分からない。
  • ROICとWACCの年度、税引前後、事業範囲がそろわない。

分析表には「算出不可」だけでなく、「WACC非開示」「投下資本の定義不明」「事業別利益と資産の対応不明」のように理由を書きます。情報が不足しているという結論も、推計値を事実のように置くより有用です。

最後に、読む順番を一枚にまとめます。

  1. 会社のROIC定義を探す。
  2. NOPATまたは会社指定の利益を確認する。
  3. 投下資本の範囲と平均方法を確認する。
  4. WACCの基準日と前提を確認する。
  5. 同じ税引前後、期間、対象範囲でスプレッドを計算する。
  6. 利益率、資本回転、成長投資へ分解する。
  7. 再現できない部分は推測せず保留する。

ROICとWACCは、単一の数値で企業を順位付けするためというより、利益、資本、資金調達コスト、成長投資の関係を問い直すための指標です。会社公表値の定義を尊重しながら、共通式での推計を別に管理すれば、数字の見かけに引っ張られにくくなります。

よくある質問

ROICは何%なら高いと判断できますか

業種や事業リスク、成長段階、会社ごとの算式で水準が変わるため、一律の基準は置けません。同じ定義での過去推移、同業他社、同じ対象範囲のWACCと比較し、差が生じた理由まで確認します。

ROICがWACCを上回れば、その会社は割安ですか

ROICがWACCを上回ることと、株価が割安であることは同じではありません。スプレッドは資本収益性を考える材料ですが、株価には将来成長への期待、業績変動、財務リスクなども反映されます。PER・PBRの読み方も別の観点として確認してください。

WACCが決算資料にない場合はどうしますか

精密な推計に必要な市場前提がそろわないなら、スプレッドは算出保留とします。概算する場合も、無リスク金利、ベータ、市場リスクプレミアム、負債コスト、資本構成、基準日を明記し、会社公表値と区別します。

ROICが上がった会社は改善したと考えてよいですか

利益増による上昇か、在庫や設備など投下資本の減少による上昇かで意味が変わります。投資抑制や資産売却で短期的に上がる場合もあるため、複数年の推移と営業キャッシュフロー・フリーキャッシュフローの読み方を併せて確認します。

一次情報の確認メモ

以下は2026-07-23に確認した公式一次情報です。制度や会社定義は更新されるため、公開稿へ進める際に再確認します。

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初版の区分と限界

変化率等は -10未満=0、-10〜0=1、0〜5=2、5〜10=3、10〜20=4、20以上=5の共通仮区分です。PERのみ方向を反転した参考区分です。業種差・会計基準差を吸収しないため、実務では公開済みの定義表と一次資料を併用してください。