銘柄・業界分析

棚卸資産が増えた決算の読み方|在庫の異変を探す

棚卸資産の増加を売上、在庫回転期間、評価損、営業キャッシュフローと結び付け、在庫の異変を決算資料から確認する手順を解説します。

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決算で棚卸資産が大きく増えていると、売れ残りや評価損を心配したくなります。しかし、在庫の増加には、需要増を見越した生産、原材料の先行確保、季節商品の準備、仕入価格の上昇、企業買収による連結範囲の変化なども含まれます。残高が増えたという事実だけで、経営状態の悪化とは判断できません。

この記事では、棚卸資産を売上高、売上原価、在庫回転期間、注記、営業キャッシュフローへ順につなぎ、増加理由を絞る方法を説明します。数値例はすべて架空であり、特定企業への投資判断や将来の値動きを示すものではありません。

決算全体の確認順を先に知りたい場合は決算書の読み方入門、貸借対照表の各区分を整理したい場合は貸借対照表の読み方も参照してください。

棚卸資産とは何か

棚卸資産は、一般に「在庫」と呼ばれる資産です。財務会計基準機構の会計基準検索システムに掲載された企業会計基準第9号では、商品、製品、半製品、原材料、仕掛品などが例示されています。販売予定の物だけでなく、販売活動や一般管理活動で短期間に消費する事務用消耗品なども範囲に含まれます。

貸借対照表では、会社によって「商品及び製品」「仕掛品」「原材料及び貯蔵品」のように分けて表示される場合と、「棚卸資産」とまとめて表示される場合があります。まとめて表示されていても、注記や有価証券報告書の附属明細表で内訳が分かることがあります。最初に、当期と前期で同じ科目を比べているかを確認します。

内訳には、それぞれ異なる意味があります。

区分おおまかな意味増えたときに確認すること
商品仕入れた状態で販売する物仕入数量、仕入単価、販売ペース
製品製造を終えて販売を待つ物出荷時期、受注残、売れ残り
仕掛品製造途中の物生産期間、工程の遅れ、大型案件
原材料製品を作るための材料調達価格、供給不安、先行確保
貯蔵品包装材や消耗品など使用量、価格上昇、備蓄方針

企業会計基準第9号では、棚卸資産の取得原価を基礎に、個別法、先入先出法、平均原価法、売価還元法などから選択した評価方法で期末価額を算定するとしています。したがって、残高の増加は数量が増えた場合だけでなく、原材料費や仕入価格が上がり、同じ数量でも帳簿価額が膨らんだ場合にも起こります。

比較を始める前に、重要な会計方針で評価方法を確認します。評価方法や連結範囲が変わっていれば、前年との単純比較が難しくなります。外貨建て在庫を多く持つ企業では、為替換算の影響も候補です。棚卸資産の増減を「数量」「単価」「企業の範囲」「換算」の四つに分けると、残高だけを見た早合点を減らせます。

売上との増減率を比べる

次に、棚卸資産と売上高の増減率を同じ期間で比べます。棚卸資産だけが売上より速く増えているかを見るためです。計算式は次のとおりです。

棚卸資産増減率(%)=(当期末棚卸資産-前期末棚卸資産)÷前期末棚卸資産×100

売上高増減率(%)=(当期売上高-前期売上高)÷前期売上高×100

架空企業A社について、単位を百万円にそろえます。

項目前期当期増減率
売上高10,00010,5005.0%
棚卸資産1,0001,40040.0%

この例では棚卸資産の伸びが売上の伸びを35ポイント上回ります。これは理由を詳しく調べる合図にはなりますが、売れ残りの証明ではありません。当期末の直後に大型出荷を予定している、原材料を値上がり前に確保した、新拠点の立ち上げに備えた、といった可能性が残ります。

比較期間は必ずそろえます。年度の売上高に対して四半期末の在庫を置く場合、前年の同じ四半期末と比べるのが基本です。12月に需要が集中する会社について、繁忙期直前の9月末と繁忙期後の12月末を比べると、季節要因を異変と誤認しかねません。決算期変更があった会社では、当期と前期の日数が同じかも確認します。

前期の棚卸資産がゼロの場合、この増減率は計算できません。極端に小さい場合も率が過大になります。そのときは増加額、総資産に占める比率、売上高に対する比率を併記します。

棚卸資産売上高比率(%)=期末棚卸資産÷売上高×100

この比率にも季節性と期間の不一致があるため、単独の合格ラインは置きません。まず同じ会社の前年同期と複数年を比べ、次に同業他社と会計方針や事業構成をそろえられる範囲で比較します。

在庫回転期間を計算する

売上高との比較を一段深める指標が、在庫回転期間です。在庫が売上原価の何日分あるかを概算します。売上高ではなく売上原価を使うのは、棚卸資産が原価を基礎に計上される一方、売上高には利益部分が含まれるためです。

平均棚卸資産=(期首棚卸資産+期末棚卸資産)÷2

在庫回転率(回)=売上原価÷平均棚卸資産

在庫回転期間(日)=平均棚卸資産÷売上原価×対象期間の日数

架空企業B社の年度データを、単位百万円、対象期間365日として計算します。

項目金額
期首棚卸資産800
期末棚卸資産1,200
平均棚卸資産1,000
年間売上原価6,000

在庫回転率は6,000÷1,000=6回、在庫回転期間は1,000÷6,000×365=約60.8日です。前年が45日だったなら、在庫を保有する期間が約16日延びたことになります。差が生まれた理由を商品、製品、仕掛品、原材料の内訳へ戻って探します。

四半期累計を使うときは、対象期間の日数を約90日や約180日などに合わせます。たとえば3か月の売上原価をそのまま分母にしながら365を掛けると、回転期間を約4倍に見積もってしまいます。厳密には会社の期首・期末日から日数を数え、前年同期にも同じ方法を適用します。

平均棚卸資産を期首と期末の2点だけで計算すると、期中の山谷を捉えられません。月次残高が開示されていない外部分析では避けにくい限界です。また、企業買収、事業売却、為替変動、評価損が大きい年は、回転期間の変化に実物の販売速度以外の要因が混ざります。計算結果は精密な滞留日数ではなく、追加確認のための比較指標として扱います。

季節要因と先行投資を分ける

棚卸資産の増加理由を確かめるときは、「いつもの季節変動」「売上につながる準備」「想定外の滞留」の三つを分けます。

季節変動は前年同期比較で確認します。年末商戦、夏物・冬物、入学・新生活、農産物、建設工事など、需要や生産時期が偏る事業では、四半期ごとの在庫水準が大きく変わります。直前四半期との比較だけでなく、過去3年程度の同じ四半期における棚卸資産、売上高、回転期間を並べます。3年は安全性を保証する基準ではなく、一時点の比較より反復性を見やすくするための観察窓です。

先行投資の候補には、新製品の発売準備、増産、新工場の立ち上げ、長納期部材の確保、供給網の混乱への備蓄があります。会社が説明する「戦略在庫」という言葉だけで終わらせず、次の決算で売上や出荷につながったか、回転期間が戻ったかを追跡します。受注残が開示される業種なら、在庫増加額と受注残の増減を同じ単位・基準日で並べます。ただし、受注残がすべて売上になるとは限らず、取消しや納期変更もあり得ます。

一方、想定外の滞留を疑う材料には、売上減少と在庫増加の同時発生、製品在庫だけの増加、値下げや販売促進費の増加、回転期間の連続的な長期化、会社計画の下方修正などがあります。どれか一つで結論を出さず、複数の資料が同じ方向を示しているかを確かめます。

増加パターンごとの確認先をまとめると、次のようになります。

観察した変化考えられる主な要因次に確認する資料・数値
原材料が増え、売上は横ばい先行確保、仕入単価上昇、生産の遅れ調達方針、原材料価格、生産数量
仕掛品が増え、受注残も増加大型案件や長期工程の進行受注残、納期、進捗率、契約変更
製品が増え、売上が減少需要鈍化、出荷時期のずれ、販売準備販売数量、値引き、会社計画、翌期出荷
棚卸資産と売上債権がともに増加売上拡大の先行負担、回収長期化営業CF、回収期間、仕入債務
残高は減ったが評価損が増加販売による減少ではなく簿価切下げ評価損、廃棄損、売上原価率

この表は原因を確定するものではありません。同じ変化でも業種や商流で意味が変わるため、前年同期、複数年、会社説明の三つを組み合わせて検証します。

決算説明資料では、前年同期比の増減理由、原材料調達、生産計画、受注残、製品別の需要を探します。説明資料の読み方は決算説明資料の読み方で整理しています。説明が見つからない場合は、事実を「棚卸資産が増加し、回転期間が長期化した」までにとどめ、「売れ残りが増えた」とは言い換えません。

評価損と廃棄の注記を探す

数量や回転期間だけでなく、在庫がいくらで評価されているかも重要です。企業会計基準第9号では、通常の販売目的で保有する棚卸資産について、期末の正味売却価額が取得原価より下落した場合、正味売却価額まで帳簿価額を切り下げ、その差額を当期の費用にするとしています。

同基準における正味売却価額は、売価から見積追加製造原価と見積販売直接経費を控除したものです。また、通常の営業循環から外れた滞留品や処分見込み品について合理的な価額の算定が難しい場合、処分見込価額まで切り下げる方法や、一定の回転期間を超えた在庫を規則的に切り下げる方法も示されています。

評価損を探す場所は、次の順が効率的です。

  1. 連結財務諸表の「重要な会計方針」で棚卸資産の評価基準と評価方法を確認する
  2. 損益計算書関係の注記で、収益性低下による簿価切下額を探す
  3. 「重要な会計上の見積り」で、滞留期間、販売見込み、正味売却価額などの仮定を探す
  4. 監査報告書の「監査上の主要な検討事項」に棚卸資産の評価が挙がっていないか確認する
  5. 決算説明資料で廃棄、値引き、商品入替え、モデル切替えの説明を探す

企業会計基準第9号は、収益性低下に基づく簿価切下げで費用計上した金額について、注記または独立掲記を求めています。ただし、金額的重要性や採用する会計基準、開示のまとめ方により、探す場所や表現は異なり得ます。

棚卸資産残高が減った場合も安心とは限りません。販売が進んで減った場合と、評価損や廃棄で帳簿価額が減った場合では意味が違います。反対に、評価損を計上したうえで棚卸資産残高が増えているなら、評価前の増加は表面の残高差より大きかった可能性があります。評価損の当期額、在庫内訳、売上原価率を並べて読みます。

廃棄損の科目や表示区分は会社の事情で異なるため、損益計算書の一行だけを機械的に探すのではなく、売上原価、販売費及び一般管理費、営業外費用、特別損失と各注記を確認します。開示がないものをゼロと決め付けず、「開示資料では金額を特定できない」と区別します。

キャッシュフローへの影響を確認する

棚卸資産を仕入れたり製造したりすると、通常は販売代金を回収する前に現金支出が発生します。そのため、棚卸資産の増加は運転資金を必要とし、営業キャッシュフローを押し下げる方向に働きます。

間接法のキャッシュ・フロー計算書では、税金等調整前利益などから営業CFへ調整する過程に「棚卸資産の増減額」が表示されることがあります。財務会計基準機構の中間財務報告に関する会計基準の適用指針でも、間接法による営業CFの一般的な主要項目として、売上債権、棚卸資産、仕入債務の増減額などが挙げられています。表示上は、棚卸資産の増加がマイナス要因、減少がプラス要因になるのが基本です。

ただし、貸借対照表の期末残高差とキャッシュ・フロー計算書の調整額が一致しないことがあります。企業買収によって受け入れた在庫、事業売却、為替換算差、評価損、連結範囲の変更など、現金支出を伴わない変動や別区分で扱われる変動が含まれ得るためです。不一致を誤りとせず、注記や会社説明で調整理由を探します。

架空企業C社で考えます。棚卸資産が300百万円増え、売上債権も200百万円増えた一方、仕入債務が100百万円増えたとします。他の条件を除けば、運転資本による営業CFへの影響は、棚卸資産でマイナス300、売上債権でマイナス200、仕入債務でプラス100、合計マイナス400百万円です。

このマイナス400百万円も直ちに悪いとは限りません。翌期の売上拡大に先行する一時的な資金需要かもしれません。一方、売上が伸びず、在庫と売上債権が増え続け、借入金も増えているなら、資金回収の長期化を詳しく確認する必要があります。営業CF全体の読み方は営業CFとフリーCFの読み方、売上債権の確認方法は売掛金が増えた決算の読み方も参照してください。

危険と断定しない確認順

棚卸資産が増えた決算は、次の順番で確認すると、数字から仮説、会社説明、翌期の検証へ進めます。

  1. 比較条件をそろえる
    当期末と前年同期末を並べ、通貨単位、決算期間、連結範囲、会計方針の変更を確認します。
  2. 内訳を分ける
    商品・製品、仕掛品、原材料・貯蔵品のどこが増えたかを確認します。
  3. 売上と売上原価に対する速さを見る
    棚卸資産増減率と売上高増減率を比べ、平均棚卸資産から在庫回転期間を計算します。
  4. 季節性と先行準備を検証する
    過去の同じ四半期、受注残、生産計画、新製品、調達方針を確認します。
  5. 評価の質を確認する
    重要な会計方針、評価損、重要な会計上の見積り、廃棄や値引きの説明を探します。
  6. 現金への影響をつなぐ
    営業CFの棚卸資産増減、売上債権、仕入債務を合わせて見ます。
  7. 次の決算で答え合わせする
    売上や出荷が増えたか、回転期間が戻ったか、評価損や廃棄が増えていないかを追います。

判断を文章にするときは、事実、会社説明、分析者の仮説を分けます。たとえば「棚卸資産は前年同期比40%増、売上高は5%増、在庫回転期間は45日から61日へ長期化した」は計算条件を示せば事実です。「新製品向けの先行在庫」は会社が資料で説明していれば会社説明です。「需要が計画を下回った可能性がある」は仮説であり、断定ではありません。

確認の結果、在庫増加に合理的な説明があっても、それだけで将来の販売成功は保証されません。反対に、回転期間が長期化しても、直ちに不良在庫とは限りません。複数年の推移と次回開示を追い、仮説を更新できる形で記録することが大切です。

よくある質問

棚卸資産が増えると、なぜ利益も増えることがあるのですか

当期に仕入れたり製造したりした物のうち、期末に残った分は棚卸資産として翌期へ繰り越されます。その分は当期の売上原価に含まれないため、他の条件が同じなら利益を押し上げる方向に働きます。ただし、販売につながらなければ将来の評価損や値引きが発生する可能性があるため、利益だけでなく回転期間と営業CFも確認します。

棚卸資産の増加は、どのくらいなら危険ですか

業種や季節性で通常水準が異なるため、共通の安全ラインはありません。金額や増加率だけで区切らず、売上高の伸びとの差、前年同期、在庫回転期間、内訳、評価損、翌期の出荷を組み合わせて判断します。

在庫回転期間は売上高と売上原価のどちらで計算しますか

棚卸資産は原価を基礎に計上されるため、この記事では売上原価を使います。売上高を使う計算も見かけますが、利益部分が含まれるので数値の意味が変わります。比較するときは分母と対象期間を統一してください。

棚卸資産が増えたのに営業キャッシュフローが増えることはありますか

あります。利益の増加、売上債権の減少、仕入債務の増加などが、棚卸資産増加によるマイナスを上回る場合です。営業CFの合計だけでなく、内訳にある棚卸資産、売上債権、仕入債務の増減を分けて確認します。

決算短信だけで棚卸資産の増加理由が分からない場合はどうしますか

決算説明資料、有価証券報告書の重要な会計方針・重要な会計上の見積り・財務諸表注記、監査報告書の順に探します。それでも説明がなければ、確認できた増減と計算結果までを事実として記録し、理由は仮説のまま次回決算で追跡します。

一次情報と確認日

以下は2026年7月24日に確認した一次情報です。改正やURL変更の有無を再確認してください。

  • 財務会計基準機構・企業会計基準委員会「企業会計基準第9号 棚卸資産の評価に関する会計基準」
    https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=24
    確認事項:棚卸資産の範囲、取得原価と評価方法、正味売却価額、収益性低下による簿価切下げ、滞留品の取扱い、費用計上額の開示。
  • 財務会計基準機構・企業会計基準委員会「企業会計基準第33号 中間財務報告に関する会計基準の適用指針」
    https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=78
    確認事項:間接法による営業キャッシュフローの一般的な主要項目に、棚卸資産の増減額が含まれること。
  • 財務会計基準機構・企業会計基準委員会「移管指針第6号 連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」
    https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=121
    確認事項:貸借対照表の期首・期末残高などからキャッシュフローを作成できること、企業結合で受け入れた資産などの非資金部分はキャッシュ・フロー計算書に含めないこと。
  • 金融庁「EDINETについて」
    https://www.fsa.go.jp/search/20130917.html
    確認事項:有価証券報告書などの開示書類を閲覧できる金融庁の公式システムであること。個別企業の重要な会計方針、財務諸表注記、監査報告書を探す入口として使用。