「人気薄は当たれば払戻しが大きいから有利」「1番人気は当たりやすいから安全」といった印象は、的中した一場面だけを見るともっともらしく感じられます。しかし、当たりやすさと、投じた金額に対していくら戻ったかは別の指標です。本稿では、JRAの公式結果を使い、人気帯ごとの的中率と回収率を同じ表で比べる手順を整理します。
対象は説明を単純にするため、まずJRAの単勝に限定します。複勝や3連単などへ広げる場合は、同じ表に混ぜず、券種ごとに別集計にしてください。購入履歴全体の記録方法はレース検証の記録のつけ方、回収率の基本は回収率という物差しも参照できます。
本命・大穴バイアスとは
本命・大穴バイアス(favorite-longshot bias)は、競馬などの市場で、低い勝利確率の選択肢が相対的に過大評価され、本命側が相対的に過小評価される現象を指す研究用語です。簡単に言い換えると、「大穴へ投じられる金額が、その大穴の実際の勝ちやすさに照らして多すぎる可能性がある」という仮説です。「大穴がよく勝つ」「本命を買えば利益になる」という意味ではありません。
日本の競馬を対象にした小幡・太宰(2014)の原著論文は、3連単市場の全投票データを用い、低確率事象への過大な投票と整合する証拠を報告しています。ただし、この研究結果を現在のJRA単勝、地方競馬、別の期間へそのまま移せるとは限りません。対象券種、集計期間、投票制度、データの粒度が違えば結果も変わり得ます。本稿の目的は、既存研究の結論を当てはめることではなく、自分で対象を固定して再現可能な集計を作ることです。
なお、ここでいう「バイアス」は走路の内外や脚質の有利不利ではなく、投票市場での価格付けと実際の結果の関係です。レース内容の分析と混同しないよう、集計表の名前には「単勝・人気帯別集計」のように対象を書きます。
人気とオッズを分ける
人気は、そのレース内で投票が集まった順番を示す順位です。オッズは、的中した場合の概算払戻率を100円に対する倍率で表したものです。JRAの用語辞典は、5.0倍の馬券を100円購入して的中した場合、払戻金が500円になる例を示しています。人気が同じでも、オッズの水準はレースによって異なるため、「1番人気」と「2.0倍以下」を同じ条件として扱ってはいけません。
たとえば、1番人気が1.6倍のレースと4.8倍のレースでは、市場が示す支持の集中度が大きく違います。それでも人気順位だけで分けると、どちらも「1番人気」の一行です。反対にオッズ帯だけで分ければ、2番人気や3番人気が同じ帯に入る場合があります。そこで、元データには人気順位と最終オッズの両方を残します。
JRA公式サイトでは、開催中は最新のオッズが表示され、終了したレースでは最終オッズを確認できます。検証に使う値は、途中オッズと最終オッズを混在させず、原則としてレース終了後の公式結果に表示される最終オッズへ統一します。ただしJRAは、発売締切後に競走除外が発生した場合には最終オッズが変動し得ること、同着などによって発表した最終オッズと異なる率の払戻金になる場合があることも案内しています。回収率の確定値には、オッズを掛けて推計した金額ではなく、公式結果の払戻金を使います。
人気帯とオッズ帯は、次のように別々の集計を作ります。区切り方は公式区分ではなく、検証者が事前に固定する分析上の区分です。
| 集計軸 | 区分例 | 元データに必要な列 |
|---|---|---|
| 人気帯 | 1番人気、2〜3番人気、4〜6番人気、7番人気以下 | 単勝人気 |
| オッズ帯 | 2.0倍未満、2.0〜4.9倍、5.0〜9.9倍、10.0倍以上 | 単勝最終オッズ |
区分は結果を見てから細かく変えません。特定の区分だけ成績がよく見えるまで境界を動かすと、偶然を拾う可能性が高まるためです。
公式結果から区分集計する
集計単位は「1レースにつき、出走した各馬を1行」とします。1着馬だけを記録すると、外れた選択肢が消えて回収率を計算できません。JRAのレース結果ページでは、着順表に各馬の単勝人気が掲載され、払戻金欄に的中した馬番、100円当たりの単勝払戻金、人気が掲載されています。検証時は必ず同じ公式結果ページから、出走馬全頭と確定払戻しを対応させます。
最低限の列は次のとおりです。
| 列 | 記録内容 |
|---|---|
| レースID | 開催日、競馬場、レース番号を連結した一意の値 |
| 券種 | 最初は「単勝」で固定 |
| 馬番 | 公式結果の馬番 |
| 人気 | 公式結果の単勝人気 |
| 最終オッズ | 終了後の公式最終オッズ |
| 着順 | 確定した着順 |
| 的中 | 1着なら1、それ以外は0 |
| 仮想購入額 | 全馬一律100円など、事前に固定 |
| 払戻額 | 的中馬だけ公式単勝払戻金、それ以外は0円 |
| 例外 | 取消、除外、同着など |
ここで「仮想購入」と「実際の購入」を混ぜないことが重要です。本命・大穴バイアスの市場全体を確かめるなら、「すべての対象馬を同額買ったと仮定する」方法で人気帯を比べられます。一方、自分の買い方を採点するなら、実際に買った馬だけを対象にします。両者は問いが違うため、別シートに分けます。
取消・除外馬を通常の不的中として数えるか、対象外にするかは公式の返還状況を確認して決めます。同着がある場合は、単勝の的中馬が複数になり、発表オッズと実際の払戻金が一致しない場合があります。例外行を削除して見えなくするのではなく、公式払戻金を記録したうえで「同着あり」などのフラグを残します。処理ルールを決められない事象は「※要確認」とし、主要集計と分けます。
的中率と回収率を併記する
人気帯ごとに、少なくとも対象数、的中数、的中率、購入額、払戻額、回収率を並べます。計算式は次のとおりです。
的中率(%)=的中数÷対象数×100
回収率(%)=払戻額の合計÷購入額の合計×100
架空の集計例として、1番人気を100件、各100円ずつ仮想購入し、30件が的中、払戻額の合計が7,800円だったとします。的中率は30%、購入額は10,000円、回収率は78%です。別の人気帯が100件中5件的中し、払戻額の合計が8,500円なら、的中率は5%、回収率は85%です。この例では後者の回収率が高いものの、5件の的中のうち一つの高額払戻しを除くと結論が変わるかもしれません。架空例は計算方法の説明であり、JRAの実測値ではありません。
JRAが公表する単勝の設定払戻率は、2026年7月23日の確認時点で80.00%です。ただし、これは個人の回収率が80%になるという意味ではありません。JRA公式の払戻計算は、的中票と不的中票の総額、勝馬数、投票法ごとの設定率などから払戻対象総額を算出し、的中票へ配分する仕組みです。人気帯ごとの実測回収率は、対象期間の勝馬と投票分布によって上下します。
比較表には合計だけでなく、月別や開催別の回収率も併記します。一度の大きな払戻しで全期間の数字が動いていないかを確認できるためです。オッズの仕組みと設定払戻率の違いはオッズの決まり方と控除率でも整理しています。
券種と期間を固定する
単勝と3連単を同じ「人気薄」として混ぜることはできません。単勝人気は馬ごとの順位ですが、3連単人気は3頭の着順組合せごとの順位です。的中条件、選択肢数、通常の設定払戻率も異なります。JRA公式が2026年7月23日時点で示す通常の設定払戻率は、単勝・複勝が80.00%、枠連・馬連・ワイドが77.50%、馬単・3連複が75.00%、3連単が72.50%、WIN5が70.00%です。券種を混ぜると、人気の効果と制度上の率の差を分離できません。
期間も「直近だけ」のように曖昧にせず、開始日と終了日を決めます。最初の検証なら、たとえば「2025年1月1日から2025年12月31日までにJRAで施行され、公式結果を取得できた単勝発売レース」のように定義します。これは期間指定の例であり、本稿で全レースを集計済みという意味ではありません。開催の中止・延期、発売対象外、取得漏れなどがあれば、対象件数と除外理由を記録します。
比較条件は、少なくとも次の順に固定します。
- 主催者をJRAに限定する
- 券種を単勝に限定する
- 開始日と終了日を決める
- 全競馬場を含めるか、競馬場を限定するか決める
- 障害競走、新馬戦などを分けるか決める
- 取消・除外・同着の処理を決める
- 人気帯とオッズ帯の境界を決める
途中で条件を変える場合は、集計を上書きせず「分析ルール第2版」として分けます。最初の結果を見てから条件を追加した分析は探索的分析と明記し、最初から決めた検証と同じ強さの証拠として扱いません。
検証前に固定する内容と、集計後に確認する内容をまとめると次のようになります。
| 段階 | 固定・確認する項目 | 主な数値・選択肢 | 目的 |
|---|---|---|---|
| 検証前 | 主催者・券種・期間 | JRA、単勝、開始日〜終了日 | 異なる市場を混ぜない |
| 検証前 | 区分 | 人気帯とオッズ帯を別々に設定 | 結果を見て境界を動かさない |
| 入力時 | 1頭ごとの記録 | 人気、最終オッズ、着順、公式払戻金 | 外れを含む全対象を数える |
| 例外処理 | 取消・除外・同着・欠測 | 対象外、返還、別集計などを事前定義 | 都合のよい削除を防ぐ |
| 集計時 | 基本指標 | 対象数、的中数、的中率、購入額、払戻額、回収率 | 当たりやすさと収支を分ける |
| 頑健性確認 | 結果の偏り | 月別、最大払戻し除外、年度分割 | 少数の高額払戻しへの依存を確認する |
標本の偏りを確認する
回収率は、とくに人気薄側で少数の的中に左右されます。対象が1,000件あっても的中が数件だけなら、1件の結果で回収率が大きく変わり得ます。単純な対象数だけで十分と判断せず、的中数、払戻額の中央値、最大払戻額、最大払戻しを除いた回収率も補助的に確認します。
人気順位で区切ると、出走頭数の違いも影響します。8頭立ての「7番人気以下」と18頭立ての「7番人気以下」では、含まれる馬の構成が同じではありません。頭数別に表を分けるか、少なくとも出走頭数の列を残します。オッズ帯なら頭数差の影響を完全に除けるわけではありませんが、人気順位だけの集計と見比べることで、順位区分固有の偏りに気づきやすくなります。
欠測も数えます。最終オッズ、人気、着順、払戻額のいずれかを取得できなかった行を黙って削除すると、特定期間や例外レースが偏って落ちる可能性があります。「取得予定件数」「取得済み件数」「欠測件数」「除外件数」「分析対象件数」を並べ、欠測理由を残してください。
さらに、同じデータで人気帯の境界を何通りも試し、最も回収率が高かった区分だけを採用すると、偶然の当たりを発見と誤認しやすくなります。期間の前半で区分を決め、後半で同じ区分を再検証する方法や、年度を分けて同じ傾向が残るかを見る方法が考えられます。ただし、後半でも再現したから将来も続くとまでは言えません。標本数と結果のぶれの考え方は回収率は何件で安定するかでも確認できます。
過去傾向を予言にしない
人気帯別の過去集計は、市場参加者の投票と結果の間にどのような関係が見られたかを説明するものです。次のレースでどの馬が勝つか、どの人気帯を買えば利益が出るかを保証するものではありません。人気もオッズも投票によって変わり、確定前の値は締切まで動きます。過去に大穴側の回収率が高かった期間があっても、次の期間に同じ高額払戻しが再現するとは限りません。
検証結果を書くときは、「有利だった」ではなく、条件と数値を含めて限定します。たとえば「対象期間、JRA単勝、全馬100円の仮想購入という条件では、7番人気以下の回収率が他区分より高かった。ただし的中数が少なく、最大払戻しを除くと順位が変わった」のように記述します。実測していない状態では数値を入れず、「※要確認」とします。
公開前の確認項目は次のとおりです。
- 人気順位と最終オッズを別列にしたか
- 券種、主催者、期間を固定したか
- 的中馬だけでなく全対象馬を記録したか
- 的中率と回収率を同じ表に載せたか
- 公式払戻金を使い、オッズから払戻額を推計していないか
- 取消、除外、同着、欠測の件数を示したか
- 最大払戻しを除いた場合も確認したか
- 過去の傾向を将来の購入推奨へ言い換えていないか
本命・大穴バイアスの検証で大切なのは、印象的な大穴的中を集めることではなく、外れを含む全対象を同じルールで数えることです。人気とオッズ、的中率と回収率を分け、例外と欠測を残せば、「人気薄ほど有利に見える」という印象がどの条件で生じたのかを後から検算できます。
よくある質問
人気薄は本命より回収率が高いのですか?
対象期間や券種を固定して集計するまで判断できません。人気薄は的中数が少なく、少数の高額払戻しで回収率が大きく動くことがあるため、最大払戻しを除いた値や期間別の値も併記します。
1番人気だけ買えば回収率は安定しますか?
的中率が相対的に高いことと、回収率が安定することは同じではありません。購入額、公式払戻額、対象件数をそろえて計算し、期間を分けても傾向が残るか確認する必要があります。
人気と単勝オッズはどちらで区切るべきですか?
どちらか一方に決めず、人気帯とオッズ帯を別々に集計するのが基本です。人気はレース内の順位、オッズは100円に対する概算払戻率であり、同じ1番人気でもオッズ水準は異なります。
最終オッズを掛ければ払戻金を再現できますか?
常に一致するとは限りません。JRAは、競走除外や同着などにより最終オッズと異なる率の払戻しになる場合があると案内しています。回収率には、レース結果に掲載された公式払戻金を使います。
取消・除外馬は外れとして数えますか?
一律に外れとは扱いません。JRAの公式結果で返還の有無を確認し、返還なら購入額と払戻額の扱いを事前ルールに従って処理します。判断できない事例は「※要確認」として主要集計から分けます。
確認した一次情報・原著論文
以下は2026年7月24日に確認しました。制度や画面表示は変更される可能性があるため、各公式ページで再確認してください。
- JRA「オッズ(競馬用語辞典)」:オッズの定義、100円当たりの倍率表示、除外・同着時の注意を確認。https://www.jra.go.jp/kouza/yougo/w406.html
- JRA「ホームページでオッズを見ることができますか?」:開催中の最新オッズと終了後の最終オッズの確認場所を確認。https://www.jra.go.jp/faq/pop02/1_1.html
- JRA「具体的な払戻計算式を知りたいのですが?」:払戻対象総額の算式と券種別の設定払戻率を確認。https://www.jra.go.jp/faq/pop03/1_17.html
- JRA「馬券のルール」:競走中止・不成立時の返還、払戻計算、券種別の設定払戻率を確認。https://www.jra.go.jp/kouza/baken/index.html
- JRA「レース成績データ」:年度別の重賞成績と開催ごとの成績表PDFの公式掲載先を確認。https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/
- JRA「レース結果」:着順表の単勝人気、100円当たりの払戻金、払戻人気の掲載例を確認。https://www.jra.go.jp/JRADB/accessS.html?CNAME=pw01sde0106202601021220260105%2F0D
- 小幡績・太宰北斗「Horse Racing and Prospect Theory: An Empirical Analysis of Overweighting of Low Probabilities」:日本の3連単市場における本命・大穴バイアスを扱った原著論文の対象と結論を確認。J-STAGE、2014年、DOI: 10.11167/jbef.7.1。https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbef/7/0/7_1/_article/-char/ja